学生の社会的・職業的自立に貢献したインターンシップやキャリア形成支援に係る取組を表彰する「学生が選ぶキャリアデザインプログラムアワード」。三省合意によるインターンシップの考え方が示されてから初開催となった今回、栄えある大賞は、株式会社麦の穂・椙山女学園大学の「『キャリアデザインスキル修得プログラム』とキャリア形成のための『リアルな職場体験』」でした。麦の穂は「日本でいちばん人が育つ会社」を目指す企業。今回も、麦の穂から大学への熱意ある働きかけがきっかけといいます。産学連携で行うキャリア教育&インターンシップの新たな可能性を、株式会社麦の穂の上田氏、椙山女学園大学 キャリア育成センターの稲葉氏、キャリア支援課の尾内氏が語ってくださいました。
Profile
上田 勝幸 氏
株式会社麦の穂 執行役員 経営管理本部本部長 兼 経営企画室室長 兼 人事部部長
「ビアードパパの作りたて工房」をはじめとしたスイーツブランドを国内260店舗、海外200店舗で展開している麦の穂において、次々と人事改革を実施。キャリアコンサルタント技能士2級、国家資格キャリアコンサルタントの資格も持つ。
※株式会社麦の穂は、2023年9月1日より株式会社DAY TO LIFEに社名変更いたしました。
稲葉 直子 氏
椙山女学園大学 キャリア育成センター
1905年に創設された名古屋裁縫女学校の流れをくむ椙山女学園大学で、キャリア教育科目の教員として「女性により高い教育機会を提供する」という理念を日々実践している。キャリアコンサルティング技能士1級、公認心理師の有資格者。
尾内 里江 氏
椙山女学園大学 学務部 キャリア支援課
戦後いち早く家政学部の単科大学としてスタートさせた同大の社会の変化や学生ニーズへの敏感さは、いまもキャリア支援課に受け継がれているという。国家資格キャリアコンサルタントの資格を有する。
キャリア教育への考えの一致と熱意
—「学生が選ぶキャリアデザインプログラムアワード」大賞受賞、おめでとうございます。産学連携プログラムが特徴的ですが、どのようにスタートしたのでしょうか。
稲葉:私は、教員として学生にキャリア教育をしている立場ですが、麦の穂の上田さんからお話をいただいたのが最初となります。
上田:社内で人事改革を進める中で、常にキャリア教育の重要性を感じていました。当社は20代社員の80%以上が女性(会社全体の男女比率は1:1)ということもあり、女性が多く活躍している会社なのですが、結婚や出産のようなライフイベントをきっかけに退職してしまう社員の多さが課題のひとつでした。そこで、当社の女性社員のキャリアをしっかり考えたいということがスタートとなり、女性のキャリア教育に定評のある椙山女学園大学様の門戸を叩きました。さらに、採用活動におけるインターンシップを考える際も、企業だけでプログラムをつくっても本当に学生のためになるのか疑問があったため、多角的な視点、特に専門家のご意見をお伺いしたく、稲葉先生にご相談しました。
稲葉:女性のキャリアを応援していく会社になっていきたいと、熱くお話しいただいたことを覚えています。そのお考えに、個人的にも共感しましたし、椙山女学園大学のキャリア教育理念とも方向性が合致すると感じ、一緒に取り組ませてもらいました。加えて、相談に来られた当初からプログラムの大枠もご提案いただいており、ぜひ学生たちに体験させたいと思う内容だったことも大きかったですね。キャリア教育をベースに、自己と仕事の理解を行い、将来を切り拓いていくというもの。そして、その実践の場として、さまざまな部署の体験をする。コロナ禍で「体験」が減っていたので、そこも魅力でしたね。キャリアデザインを進めるために実践していくスタイルは、産学連携だからこそできること。また、上田さんは学生向け講義や座談会にも参加してくださり、さらなる学生のニーズを拾おうと熱心に取り組んでくださっている点にも強く魅力を感じました。
—キャリア教育の考えに近いものがあったんですね。そこがスムーズに進んだポイントでしょうか?
上田:そうですね。ただ、その方向性を共有するのに、信頼関係も重要かと思います。私は多くの大学を訪問していますが、なかでも稲葉先生は一民間企業である私たちの話を丁寧に聞いてくださいました。私たちは大阪に本社を所在しており、椙山女学園大学様のある名古屋に拠点をおく会社でもないにも関わらず、です。ですから、私も包み隠さず経営上の課題などもお話しできましたし、このあたりの深い対話は、プログラムにも反映されています。というのも、私たちのインターンシップでは、会社および各現場が抱えるリアルな課題を学生に問いかけますので、当事者意識を持って学生にも参加してもらいたいと思っています。
大学と企業それぞれで行なう事前・事後指導
—では、より具体的にインターンシップの流れやプログラムについて教えてください。
尾内:椙山女学園大学には、学生が選んで参加する単位認定型インターンシップがあり、麦の穂様のプログラムもそのひとつです。5日間の実習のうち、大阪に1泊2日の行程もあるのですが、それにもかかわらずとても人気があります。キャリア支援課でも学生フォローをしつつ、参加してもらっています。
稲葉:本プログラムの特徴に、大学、企業それぞれで実施する事前、事後指導があります。双方の視点を伝える意図ですが、両方で実施するのは珍しいかもしれません。大学側では、他社のインターンシップに参加する学生と合同で、モチベーションアップ、そして目標設計を促します。「これを知りたい」という気持ちだけでなく、その結論を見つけるためにどのような行動が必要かまで落とし込みます。
事後は、その目標達成を確認。麦の穂様への参加者からは「食品業界にあらためて興味を持った」という声もあれば、「今回学んだことを活かして他の業界を見てきます」という声も。また、「新業態開発という貴重な体験がよかった」という学生もいましたね。さらに、どんな会社がいいかだけでなく、その会社のどのようなポジションで活躍し、どのようなキャリアを築くのかにも目がいったという話もありました。
上田:私たちは、事前指導にたっぷりと時間を掛けます。各部署(マーケティング、商品の企画、新業態のプロデュース、DX戦略、海外マーケティング、店舗運営)の現場から現在抱えている課題を発表され、学生はインターンシップに参加する前に課題に取り組んでいただきます。たとえば、「大学生の【心】を動かしパイシュークリームを売る!販促企画の立案。」といった内容です。事前課題を伝えると、実際に店舗へ行ったり、考えたりと、学生たちは自ら行動し、深めてくれます。そのような下地が整った状態で実践を行なうと、もう学ぶ姿勢がまったく違います。マーケティングの部署で「Z世代に刺さる販促企画」というテーマを扱ったんですが、「Z世代という括りがおかしい」という意見が出たり、もう私たちもタジタジで…(笑)。学生から学ばせてもらっていますよ。
事後学習は、人事制度でも活用しているキャリアデザインプログラムを実施。これまで感じたことや学んだことを振り返り、未来へつなげていきます。ポイントは自社の採用活動を目的としたインターンシップではないという点です。先日も「私は商品企画志望ですが、スイーツ企業の企画業務は私のやりたいことと違うかもしれない」って言った学生がいたんですよ。具体的にどのように感じ、どのように考えたかも話してくれまして。私は彼女をとても誉めました(笑)。このインターンシップに参加して、将来が見えたことはとても素晴らしいですね、と伝えました。
稲葉:この採用活動に直結していないというのは大きなポイントだと思います。企業によっては自社の話だけで終わる会社もありますが、麦の穂様は、広い視野で学生のキャリアを見てくださる点が本当にありがたいですね。
インターンシップは直接的な採用のためではない
—学生を第一に考えているお話だと感じましたが、麦の穂様は採用に直結しなくてもよろしいのでしょうか?
上田:実は、インターンシップからの採用にはあまり重きを置いていません。採用活動以上にさまざまなメリットが企業にあると考えています。とはいえ、採用にまったく貢献していないかといえばそういうこともなく、まず、今回のような賞をいただけたことで、大学や学生から注目してもらえますし、実際、2022年に入賞した際も選考へエントリーする学生は急増しました。
ただ、それ以上に社内にも良い影響があります。麦の穂は正社員230名ほどの会社ですが、インターンシップに参加する学生は65名。もう、毎年、その期間はお祭りみたいに盛り上がります(笑)。学生に教えるとなると自らの仕事の深い理解も必要になりますし、若手社員の活性化とレベルアップにも確実につながっていますね。
そして、何より学生は、私たちのお客さまでもあります。主力事業「ビアードパパ」が、いつまでも愛される業態であるためには、若い世代にどうやってアプローチしていくのか。非常に重要な課題です。先ほどのZ世代という考え方への指摘なんて、本当に気づきとなりましたね。こういう率直な意見も、採用に直結したインターンシップでは聞けないかもしれません。そう考えると、非常に有意義な若年層マーケティングの場です。
だから、私たちはインターンシップを決して社会貢献活動のようには考えていません。このプログラムを発展的でサステナブルなものにするためにも、企業活動における必要性を社内で意識づける取り組みを行っています。
稲葉:マーケティングの一環というお考えがありつつも、一方で麦の穂様は、学生のキャリアも深く考えてくださいます。じつは、学生の状況を見てプログラムを調整してくださいました。キャリアデザインは、センシティブな側面があり、プライベートを明かすのに抵抗のある学生もいます。そこで、学生に意見を求める時も「自分自身の話ではなく、たとえば“麦野穂すずさん”という架空の人物がいたとして、彼女のキャリアデザインについてディスカッションしてみよう」といった変更をしてくださったこともありました。すると、前回と比べても、活発な議論になったそうです。
キャリア教育に大学と企業の輪を
—今後、さらに目指されていることはありますか。
上田:もっと女性が活躍できる職場にしたいと考えています。そのためには、当社のキャリア教育制度をよりわかりやすく人事評価制度に組み込み、タレントマネジメントシステムを活用して、従業員一人ひとりの成長を中長期的に支える仕組みを構築したいと考えています。そうした際に、企業側だけで考えるのではなく、教育・研究機関の視点を入れていただけると、もう一歩踏み込んだ施策ができると思っています。今回のように、どんどん新たな産学共同研究の挑戦ができたらいいですよね。
稲葉:麦の穂様との本プログラムをきっかけに、他の企業様からお話をいただくことも増えました。一方で、麦の穂様のように経営課題まで伝えるといった踏み込みは、二の足を踏んでしまう企業も多いようです。そこまで真摯に向き合ってくださった麦の穂様には感謝していますし、今回の効果を見てチャレンジしてくださる企業が増えるとうれしいですね。私たちも企業のお話をもっとよく聞き、現場を理解していきたいと思います。
尾内:じつは、2年ほど前から単位認定型インターンシップのメインを2年生にしています。3年生は採用直結型インターンシップなど、もう就職活動が迫るフェーズであることを踏まえ、対応してきました。就職活動の前段階で、このような経験をもっとしていってほしいとキャリア支援課でも考えています。
稲葉:おそらく、どの大学も、どの立場の方も、学生ファーストに考えていると思います。大学教員である私も、大学職員である尾内さんも、そして企業の上田さんも同じ志のもとに協力し合っているように。だからこそ、今後、より多くの大学、企業が連携し、学生のキャリア教育を一緒に進化させていくことができるようなネットワークをつくっていけたらよいですね。
上田:本当にそう思います。企業にとっても、キャリア教育は重要な課題です。稲葉先生、尾内さん、さらに新たなことへ取り組んでいきましょう!
稲葉・尾内:はい。よろしくお願いします。
Editor’s Comment
取材を終えた印象は、「企業と大学の一体感、そして学生に対する熱意」でした。「採用のためだけのインターンシップではなく、女性のキャリア形成を真剣に考えたい」という想いで大学に働き掛けた麦の穂 上田様、それに対し誠実かつスピーディーに対応した椙山女学園大学様。そこから生み出されたこのプログラムに参加した学生は、より大切な「本質的なキャリア形成に対する気づき」を得たのではないか、と感じました。
(マイナビ編集長:高橋)
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