1946年、戦後の混乱と虚脱のなか金沢市民の熱意により、工芸美術の継承発展と、地域文化と産業の振興を目指し、金沢美術工芸専門学校が創立されました。その後、短期大学への改変を経て、1955年に金沢美術工芸大学として開学。美術、デザイン、工芸、芸術学の分野に影響を与える人材を輩出してきた同大学は、1学年約155名という少人数教育であることも特徴的な公立大学です。小規模だからこそ、つながりを大切にした支援に取り組む、デザイン科ホリスティックデザイン専攻 教授の寺井氏にお話を伺いしました。
Profile
寺井 剛敏 氏
デザイン科ホリスティックデザイン専攻 教授
教育研究審議会委員、社会連携センター長
石川県出身。金沢美術工芸大学大学院修了後、乃村工藝社、博報堂社を経て現職。ブランディング、ソーシャルデザインなどの教鞭を執る傍ら、社会連携センター長としてプロジェクトも推進。石川県ビジュアルデザイン協会会長。
教員や卒業生を通して、多種多様な業界に広がる進路
―美大ならではの支援の特徴を教えていただけますか。
本学はデザイン科、美術科、工芸科があり、デザイン科はほぼ100%の学生が就職します。一方、美術、工芸科は基本的に作家を目指す学生が多いのですが、全員がすぐ作家になれるわけではありません。近年ではキャリア支援室から就職指導も行っています。
たとえば、美術科の学生はデッサン力があり、企業からも評価されています。学生の実績と仕事を結びつけるため、ポートフォリオに専攻の課題作品以外のデッサンや企画性のある作品などを織り交ぜるようアドバイスしています。実際、ゲームのキャラクターや背景を描きたい、といって大手ゲーム会社に就職した学生もいます。
ただ、公募展への応募など、創作活動と並行しての就職活動はバランスに苦慮することもあります。そのような点は美大生ならではかもしれません。
―就職活動は、具体的にどのように進むのでしょうか。
小規模大学かつ、専門的なことを学んでいるため、教員やOB・OGを経由した就職先が多くなっています。教員も、ゲームから広告、自動車メーカー、建築事務所など、多様なバックグラウンドを持つ方々ばかりで、加えて近年の卒業生の進路も加わります。最近では、美大生のデザイン思考が求められ、外資系のコンサルティング企業に進んだ卒業生もおり、そうした進路が後輩の新たな就職のきっかけに変わっていきます。
ですから、企業の学内説明会も、できるだけ卒業生も一緒に来てもらっています。美大ならではの能力がどのように活かせるのか当事者から話してもらったほうが、イメージが湧きやすいためです。また、美大向けインターンシップへの参加も盛んです。採用のためだけではなく、学生に経験を積んでほしいと理解ある企業が多く、積極的な2年生がインターンシップに参加するケースもあります。
美大生だから備わる力や社会に求められる力がある
―創立以来、様々なネットワークが続き、広がっているのですね。
そうですね。ネットワークと言えば、学生同士やOB・OGは自然につながっています。私たちもとくに管理していないのですが、デザイン科では1年生と4年生が一緒に取り組む課題を用意したりと交流ができるよう工夫しています。
それによって、先輩たちの作品を目の当たりにできるのです。つまり、自らのレベルを肌で感じ、自分が置かれているポジションを理解できる。この分野では、成績よりも自分自身がどう感じるかが大切ですからね。
―美大生に求められる能力は、どのようなものでしょうか。
技術力を磨くのはもちろんですが、近年求められているのは、先ほども話に挙がったデザイン思考や発想力ですね。この部分のトレーニングは、日々取り組んでいます。広い業界から声が掛かるのも、ここを評価いただいているようです。
また、意外に思われるかもしれませんが、課題のたび、全員の前でプレゼンテーションしますので、コミュニケーション力は備わっていると思います。なぜこのテーマで、これを創作したのか。自分の言葉で説明しなければならない。さらに、課題のスケジュール管理は大学も厳しく指導します。たとえば、デザイン科は課題の提出が間に合わないと厳しい採点となります。実社会でも、締切を過ぎたら仕事にならないという理由からです。
そして、いま、もっとも重要だと感じているのはセルフブランディング力です。あるメーカーの課題で「あなたの人生でもっとも感動したことをデザインしてください」というものがありました。表層の形を上手くデザインすることよりも、ユーザーの体験をデザインする力や学生自身の個性が問われていると感じます。たとえば、液晶テレビのデザインでも、電源を入れたあとに広がる世界、そこへ導くUI、そういったものが重要です。
それらを生み出す、つくりあげる礎となるのは美術の基本です。本学のモットーでもある「手で考え、心でつくる」に通じます。パソコンなどのデバイスだけを扱っていると、その機械ができる範囲でしか作ることができなくなる。そのため、無限の造形が可能な粘土などの素材に触れる。それもキャリア教育の一環だと思います。
プロとして仕事に臨む社会連携プロジェクト
―美大ならではのキャリア教育ですね。センター長を務められている、社会連携センターについても教えてください。
美大ということもあり、自治体や企業から大学に対して様々な仕事の依頼をいただきます。パッケージをデザインしてほしい、UIを設計してほしいと。ビールの商品開発といった依頼もありました。従来は先生が個々に受けていましたが、2007年から集約することになり、それが社会連携センターの始まりです。
多いときは年間40件ほどのプロジェクトが動いています。もちろん、費用もいただいていますし、学生だからといって安価にしないようにしています。大学外のデザイナーを守る意味もありますし、案件の難易度によっては、卒業生と連携してプロジェクトを動かすこともあるためです。
これらプロジェクトは、キャリア教育という意味でも重要で、プレゼンテーションの際には依頼者である企業の役員と話すこともあるため、いつもはラフな格好の学生もそのようなときは身だしなみを整えて臨んでいます。
―インターンシップ以上の、もはやプロとしての取り組みですね。課題はありますか。
アウトプットの質の担保と、学生指導のバランスですね。仕事として成立するレベルに仕上げるのは大前提ですが、教員が仕上げてしまっては意味がありません。学生がそのレベルにたどり着くよう導かなければならない。ただ、先日もあるパッケージデザインにおいて1年生の案が採用されるなど、学生たちは本当に優秀です。
さらに、選ばれた学生はより自信を深めますし、逆に選ばれなかった学生もその悔しさをバネに成長します。もちろん、こうした実力がシビアに判断される美大の環境から悩む学生もいますが、そのような学生は各専攻の先生方が個人的に連絡を取り支援を行うこともあります。
卒業後のキャリアも含め、大学はもっとハブになれる
―大学の内と外にある強固なつながりが、支援に結びついていると強く実感しました。
そうですね。私自身、この大学に着任してから出会った学生の就職先は、その後の転職情報も含め、ほぼ把握しています。それくらい学生との距離は近い大学です。一方、教員たちは、それぞれの専門領域の最先端の現場ともつながっています。そこで情報をアップデートし、社会に求められる知識や技術を授業に反映できる強みがある大学だと思います。
―最後に、他大学の皆さまへメッセージをお願いします。
美大ということで少々特殊な環境かもしれませんが、それを踏まえても感じるのは、大学はもっとキャリアのハブになれるということです。大学卒業時に送り出すだけで終わってしまうのはもったいない。直接的に転職支援をするわけではありませんが、相談に来た学生や元学生を誰かとつなぐ。大学はそうしたハブとしての役割が果たせるのではないでしょうか。そして、私たちの知らないところで、さらにそのつながりが広がっていっていき、そのネットワークが、大学にも新しい可能性をもたらしてくれると嬉しいですね。
Editor’s Comment
芸術系大学におけるキャリア支援について取材させていただきました。学生の専攻分野や進路が多岐に渡るため、学生に合わせたより細かい支援が求められるという点は他大学と同様の苦労をされていると感じました。
「社会課題をデザインで解決する」という寺井社会連携センター長の言葉が特に印象的で、作品作りも社会課題の解決方法も同じように具現化することが求められ、同時に言語化し他者とコミュニケーションすることが必要です。このように目的は同じでも芸術系学生の方々のアプローチ手段は非常に興味深かったです。
(マイナビ編集長:高橋)
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