大学生の履修履歴を社会的に活用推進し、学生自身が学ぶことの意義を高めることを目的に設立された株式会社履修データセンター。日本の就職活動において学生の学業との向き合い方が評価されにくい状況に対し、公益性の高い事業を通して一石を投じている会社です。今回はその創設者であり、代表を務める辻氏に取材し、現在の就職活動の課題や同社の提供するサービスの活用方法などについてお話を伺いました。
Profile
辻 太一朗 氏
株式会社履修データセンター 代表取締役
京都大学工学部卒業後、大手人材会社にて全国採用責任者として従事し、のべ1万人を超える学生を面接。その後、採用コンサルティング&アウトソーシングの会社を設立。2011年にNPO法人DSS(大学教育と就職活動のねじれを直し、大学生の就業力を向上させる会)を設立し、代表理事に就任。その後、大学成績センター(現・履修データセンター)設立し代表取締役に就任。著書に『なぜ日本の大学生は、世界でいちばん勉強しないのか?』『「履修履歴」面接』などがある。
企業が感じている学業活用のしづらさ
―なぜ、学生の成果や行動をデータにする会社を立ち上げようと思ったのですか?
様々な企業の採用活動に長く携わっていく中で、企業が学生の学業の成果や行動に着目しきれていない現状がずっと気になっていました。
選考時の面接では、「ガクチカ(『学生時代に力を入れたこと』の略称)」と呼ばれる課外のエピソードをしっかり語れる学生が高い評価を受ける傾向にあります。こうした状況下で大学側が学生にいくら「勉強しなさい」と言っても、就職活動を見据えた学生の日々の行動を変えるのは難しいと思ったのです。
学生の本分である学業が疎かになっては、社会としても大きな損失です。したがって、まず企業が採用活動においてより学生の学業の成果や学業との向き合い方に目を向け、それらを選考で活用できる環境をつくらなければいけないと思い、履修データセンターを立ち上げました。
―企業はどうして学業の成果や行動に着目しきれていないのですか?
原因は大きく2つあります。
一つは、物理的な使いにくさです。既存の成績表は大学ごとにフォーマットが異なるため、限られた面接の時間の中で学生と会話する際、様々な学生の成績表が手元にあっても面接官が上手く活用できないのです。
二つ目は、客観的な評価がしづらいということです。たとえば一見優秀に見える成績表も、各大学の評価基準が異なるので、比較することが難しくなります。そこですべての学生が履修履歴を登録できる共通フォーマットを整え、さらにどの大学が、どのような基準で、どのように評価しているのか。大学の評価自体の見える化を促し、相対的なレベルを判断できる仕組みを整えることにしたのです。
学業との向き合い方にこそ行動特性があらわれる
―社会的な意義が大きな活動ですね。現在は、どのくらいのデータが集まっているのでしょうか?
現在、毎年20万人規模の学生が履修履歴を登録してくれています。企業側でも採用活動で利用してくださる会社が少しずつ増えてきています。一方で採用活動にはまだ活用できていないものの、私たちの考え方に賛同し、学生のデータ収集に協力してくださる企業は年々増えています。
また、2017年からはマイナビも賛同してくださり、パートナーとして私たちの公益目的事業の推進を強力にバックアップしてくださる体制が整いました。
―徐々に広がってきているわけですね。
そもそも、昔と違って今は大学の出席管理も厳正化され、授業に出席することは当たり前になっています。つまり、どの授業を選択し、それぞれの授業にどのような準備をして臨んでいるか、授業中の態度やテスト対策の仕方など、日々の学業との向き合い方に個人の特徴や行動特性が大きく反映されるようになっています。
また、先ほどは大学側の評価基準は各大学で異なるという話をしましたが、全体としては評価の厳正化も進み、履修履歴や成績自体の信用度も高まっています。だからこそ、企業も採用活動で活用してほしいですし、学生にももっと自分たちの履修履歴を就職活動でアピールしてほしいと思っています。
まずは、プラスアルファのアピール材料として活用
―では、今度は学生やキャリアセンターの方々が実際にどのように活用すればよいか、教えていただけますか?
その前にガクチカを重視する傾向による問題点からお話しさせてください。ガクチカでは具体的なエピソードが求められるため、部活やアルバイト、ボランティアなど、課外活動のことを聞きがちという話をしましたが、ここに一つ落とし穴があると考えています。
たとえば、その活動を通して、「積極的に取り組むことができた」「自分の強みは協調性だ」といったアピールをする学生も少なくないと思います。しかしその力を発揮している状況というのは、自分が好きなことや、アルバイト代をいただいて働いている場合が多いです。ですので、自然と積極的にもなり、周囲と協力もすると思われます。
では大学の授業はどうでしょうか。好きなことばかりではないはずですが、それでもその中で「ここはこういう理由でこの科目を選択した」「苦手な科目はこんな風に効率よく取り組んだ」とアピールする学生がいたらどうでしょうか。企業からしてみれば、その学生に仕事を任せた時のパフォーマンスをよりイメージできると思うのです。
もちろん、企業が聞いてくるガクチカの対策をしなくていいという話ではありませんが、プラスアルファで日々の学業の向き合い方を、履修履歴という確固たるファクトデータとともに自己PRができたら、企業からの評価は高まると思います。
―なるほど。成績というより、日々の行動に注目してアピールするんですね。
そこが大切なところです。学業のアピール=成績のアピールである必要はありません。学生もよく「学業ではそれほど頑張ったこともないから…」と思いがちですが、そもそも企業が頑張ったことを過剰に聞く風潮も変えたいと思っています。
その学生が日々の学業の中で、どんな意図や考え方を持って、どんな行動をしているかを知ることは気づけていない重要な要素です。企業との相互理解のコミュニケーションにぜひ活用してほしい。そうなったら、きっと学生自身の学業との向き合い方もより変わってくると思うのです。
学生の魅力を多面的に伝える支援を
―では、最後に、その学生を支援するキャリアセンターの方々に伝えいたいことはありますか。
ガクチカもそうですし、就職活動の早期化も企業側のアクションに対して、どうしても対応策を考えなければいけない状況はご察しします。しかし、アピールの仕方ひとつで大学の偏差値や知名度に関係なく、学生の学業の向き合い方も就職活動の大きな武器になることを改めて知ってほしいと思います。学生の中には課外活動ではなく、学業の部分でアピール材料を持っている学生もいるはずです。より学生の魅力を多面的に捉え、アピールする支援をしていただけたらと思います。
また、学生や大学自体が、履修履歴データを登録する状況が当たり前になれば、より企業も学生の学業面に着目するようになるでしょうし、そうすれば就職活動のために学業の時間を取られるという矛盾も少なくなると思います。「学び」が学生にとってより意義のある社会へ。一緒に日本の教育、日本の未来、そして貴学の学生の未来を照らしていければと思います。
Editor’s Comment
弊社と共に、企業向けに履修履歴データベースのサービスを提供している、株式会社履修データセンター代表の辻さんへの取材でした。とてもエネルギッシュに学業の活用について語ってくださいました。
内閣官房等による「2024(令和6)年度卒業・修了予定者等の就職・採用活動に関する要請等について」では、採用選考活動における「成績証明等の一層の活用」が示されています。
学業の成績だけでなく、学生それぞれの学業への向き合い方や行動を、学生自身の魅力として伝えていけるような支援が求められていると感じました。
(マイナビ副編集長:谷口)
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