教育、科学技術・学術、スポーツ、文化の分野におけるさまざまな政策を通じて、「人」を育て「知恵」を生み出し、「未来」の基盤をつくっていくという使命を担う文部科学省。誰もが「自分は安心して学び続けられる」と感じられる社会の実現のため、独立行政法人日本学生支援機構とともに奨学金に関する制度づくりや広報などにも携わっている。今回は、高等教育局 学生支援課の松本氏・伊藤氏に、2021年から導入された「企業の奨学金返還支援(代理返還)制度」について詳しくお話を伺いました。
Profile
松本 向貴 氏
文部科学省 高等教育局 学生支援課 専門官
新卒で民間企業のシステムエンジニア職に就くも、学生時代から抱いていた教育への想いから、2013年に文部科学省へ入省。青少年教育、幼児教育領域での政策などを担当した後、現部署では高等教育における機会均等のため、奨学金政策の企画立案に従事している。
伊藤 健 氏
文部科学省 高等教育局 学生支援課 法人係長
大学卒業後、2009年に文部科学省へ入省。若手研究者の研究支援や国立大学法人九州工業大学への出向、復興庁への出向などの経験から広い視野を培う。現在は、独立行政法人日本学生支援機構に関する業務、特に奨学金の返還支援制度を担当。
学生と企業双方にとってWin-Winとなる制度
―今回は、学生の奨学金を企業が代理返還する制度についてお話いただけるということですが、私も詳しくは存じ上げませんでした。概要をお聞かせいただけますか。
伊藤:2021年4月に導入されたもののため、まだ広く知られていないかもしれません。正式名称は「企業の奨学金返還支援(代理返還)制度」と言い、独立行政法人日本学生支援機構の制度です。本制度の企画立案や導入、そして運営・広報に、日本学生支援機構と私たち文部科学省が連携して取り組んでいます。制度自体の仕組みはわかりやすく、社員が学生時代に利用していた奨学金の返済を企業が代理で行うというものです。
松本:これまでも企業が社員の奨学金の返還を肩代わりするケースはあったと思いますが、毎月の返還額をそのまま社員の給与に上乗せすると、その社員が支払う所得税も高くなります。それが、新たに導入された本制度を利用すると「学資のための給付」扱いになり、非課税となり得るのです。一方で、企業も経費として損金算入することができる。そういう意味でも、社員と企業双方にとってWin-Winとなる制度だと考えております。
福利厚生のひとつとして広がっていってほしい
―なるほど、そのようなメリットがあるのですね。2021年度から施行ということですが、現在どれくらいの企業が導入しているのでしょうか。
松本:2023年3月末時点で、約700社が導入しており、昨年度に利用している社員数は約1,700人です。本制度の需要は、社会や経済の状況に大きく左右されると考えますので、具体的な目標数値は掲げていません。しかしながら、まだまだ制度そのものが知られていない、周知の努力が必要だと感じており、関連省庁と連携し企業向け広報に力を入れているところです。知ってもらえれば、もっと広がる余地があると思っています。
制度としてもそこまで複雑ではなく、返還方法にも自由度があり、たとえば一括か分割か、全額か一部の金額か、という部分に企業側の裁量もあります。今よりも多くの企業が、福利厚生や社内制度のひとつとして活用してくれたらと考えています。
伊藤:この制度は、学生側からのニーズも高いと考えています。いまや、約半分の学生が何らかの奨学金を利用しているというデータがありますし、利用している学生も、していない学生も、この制度の存在を知ってほしいですね。知ることで、大学生が就職活動の企業選択をする際だけでなく、高校生が進路を考える時も新たな選択肢が広がると思います。
今、奨学金の返済が大きな社会問題になっていることは、私たちも承知しています。一方で、偏ったイメージばかりが先行していることも心配しています。奨学金に関しての正しい理解をする前に、進学を断念している学生がもしいたらと考えると胸が痛みます。じつは、日本学生支援機構のメニューでは、貸与型だけではなく、給付型の奨学金もスタートしています。そして、今回の代理返還制度もある。正しい知識をアップデートすることで、将来の可能性を広げてほしいと切に望みます。
学生だけでは見えないことを伝え、導くキャリア支援を
―このサイトのユーザーである、キャリア支援を担当している方々に期待することはありますか。
松本:このような制度があることを認識いただいて、ぜひ学生サポートのツールのひとつとして使っていただきたいですね。おそらく、キャリア支援をされる方と奨学金を担当される方は別部署であることが多く、キャッチアップしづらいかもしれません。しかし、だからこそ、ぜひこの機会に知っていただき、さらには同僚の方々、そして企業にもお話しいただけたら非常にありがたいと思います。
学生と企業をつなぐ窓口でもあるキャリア支援のご担当の皆さまが、企業に対し「代理返還制度は導入されていますか?学生が安心して働くためのアピール材料にもなると思います」といった会話をされるだけでも、導入する企業も増えるかもしれませんし、それが学生たちにとっても大きな支援になると思うのです。また、誤解なくお伝えしておきたいのは、この制度を活用しても代理返還を受ける社員と代理返還をする企業の間に雇用関係以上のものは発生しません。もちろん、退職や転職は自由意志です。その点は、学生にも大いに安心してもらってください。
本制度もそうですが、進路選択の上で、学生だけではなかなか知り難い、考えが及ばない事柄もあると考えます。たとえば、給与の見方においても、単純に月給が高い・低いということで判断するのではなく、賞与や手当、福利厚生も含めて総合的に考えると見えてくるものが違ってくるはず。また、学生が人生設計を考える際、国の制度も視点に含めると、より立体的なキャリア設計が可能になると思うのです。変わりゆく時代の中で、さまざまな情報のアップデートは簡単なことではありませんが、キャリア支援の皆さまはそのような面からもサポートいただける唯一の存在だと思っております。学生に新たな視点を授け、多角的に導いていただけますと幸いです。
―学生の企業選択にも影響がありそうですね。
伊藤:そうですね。もちろん、企業選択のあり方に正解はなく、学生それぞれの視点でなされるべきものなので、奨学金の代理返還はあくまで一要素です。ただ、卒業後のさまざまなライフイベントに思いをはせた時、ひとつの判断材料にはなるかと思います。
安心して学び続けられる施策を届け続ける
―今回の制度について、さらに目指すところを教えてください。
伊藤:今はとにかく、広報に力を注いでいます。いわゆる大企業だけでも1万社以上ある中で、本制度の利用企業は約700社。導入企業が増えれば、先ほどの話にもあった、学生の就職活動における企業選択の幅も広がります。また、その過程で新たに見えてくる課題もあるはず。本制度をより良い形にしていくためにも、今は周知の時だと考えます。多様性の時代の中で、キャリア支援担当の方々の役割もより一層きめ細かいものが求められ、ご苦労もおありかと存じます。そのような状況ではありますが、本制度についてもぜひご理解いただき、学生に伝えていただけますようお願いいたします。
松本:現在、多くの企業が採用の悩みを抱えていると思いますが、その解決策のひとつに本制度はなり得ると思っています。社員を大切にしていることを、学生にとってわかりやすい形で示すことができるからです。そのような企業が増えていくよう、私たちから企業側にももっと広報を行っていきます。大学の皆さまにおかれましても、そのような「人を大切にする」企業とのマッチングを望む学生がいた場合は、導いてくださると幸いです。「自分は安心して学び続けられる」と感じられる社会の実現のため、今後も学生支援の施策をより一層充実させていく所存です。
※内容は2023年3月取材時点のものです。
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