日本初の師範学校をルーツに持ち、2023年10月には創基151年、開学50周年を迎えた筑波大学。1973年の大規模な大学改革によって教育大学から総合大学へ生まれ変わった歴史もあります。いまなお大学改革の先導者としての精神は根付いており、2023年から就職課を改組し、学生や職員のエンパワーメントを推進する「ヒューマンエンパワーメント推進局」を設置。国籍や出身地、そして学びの領域も国内随一の多様性を誇る大学で、誰もが最大限に能力を発揮できる支援に挑戦する、ヒューマンエンパワーメント推進局の坂入氏、福嶋氏にお話を伺いました。
Profile
坂入 洋右 氏
筑波大学 体育系 教授 兼 ヒューマンエンパワーメント推進局 キャリア支援チーム 次長
筑波大学大学院博士課程 心理学研究科博士(心理学)取得後、臨床心理士として他大学の助教授兼カウンセラーを務めた。筑波大学に体育系講師として着任し、スポーツ健康心理学、キャリアデザインなどを担当。2012年から教授に着任。
福嶋 美佐子 氏
筑波大学 ヒューマンエンパワーメント推進局 キャリア支援チーム 助教
企業内研究所で研究員として働きながら、法政大学大学院 政策科学研究科 博士後期課程単位取得退学後、博士(政策科学)を取得。いくつかの私立大学でのキャリア講師を経て、2023年より現職。国家資格キャリアコンサルタント。専門社会調査士。
多様性に満ちあふれた大学だからこそ
―今年から就職課を改組し、「ヒューマンエンパワーメント推進局(以下、BHE)」がその役割を担うと伺いました。大胆な改革の背景を教えてください。
坂入:改革については、本学の特徴である「多様性」が大きく関係しています。学群生、いわゆる学部生約9,700人、大学院生約7,000人が学び、そのうち約2,000人は留学生。さらに、その9割近くが大学院生です。115の国と地域から、高い専門性を身に付けるため来日しています。そして、学べる領域もじつに多彩。自然科学や人文・社会科学に加え、体育や芸術、医学もある。また立地としても、筑波キャンパスのあるつくば市は100以上の国や企業の研究所がある研究学園都市です。街に出ても、多方面へ可能性があります。そうした大学だからこそ、学生、教職員それぞれが尊重し合い、そして能力を存分に発揮していきたい。その環境を整備し、気運を高めていくことをテーマとした組織がBHEです。
福嶋:BHEは、大きく3つの軸を持ちます。障害のある学生を支援する「アクセシビリティ支援チーム」、女性やLGBTQ+をはじめとしたジェンダー・セクシュアリティに関する支援を行う「ジェンダー支援チーム」、そして全ての学生とポスドクのキャリア形成支援及び就職支援をする「キャリア支援チーム」。もともとダイバーシティ・インクルージョンには注力しており、「DAC(ダイバーシティ・アクセシビリティ・キャリア)センター」というものがあったのです。その「C」、つまり「キャリア」に就職支援も合流し、再編成されました。
就職活動は悩みのひとつにすぎない
―そのような組織に、就職支援が合流したのはどのような意味があるのでしょうか。
福嶋:就職活動は、学生にとって数ある悩みのひとつにすぎないことが多いのです。さらにこのタイミングで、自分が抱えているほかの問題に気づくことも少なくありません。たとえば、アクセシビリティ。身体的な障害を思い浮かべがちですが、最近は発達障害の学生も増えています。すでに診断されていて、自分でも認識しているケースは早めから対策もできるのですが、自分では認識していないケースもあります。就職活動をがんばっているのにどうにもうまくいかない。その悩みを私たちに相談して、初めて発覚することも少なくありません。
大学側としても、検査できるようアセスメントを用意しています。従来は障害と就職活動で別々の組織が対応していたため、スピーディな連携が難しいこともありました。しかしながら、いまはBHEというひとつの窓口から、それぞれのプロが同時に対応できます。BHEの各チームは、同じ部屋で仕事をしており、他チームとの連携がしやすい体制となっています。ちなみに、ジェンダーにおいては、就職活動で服装やメイクをどうするかという悩みが多いですね。また、留学生の際は、学生交流課と連携を図っています。
坂入:加えて、私たちの会議も3チーム合同で実施しています。メンバーには、専門家も、医師もいますし、お互いのテーマについて、理解を深めていける環境です。私自身もジェンダーについて勉強不足を感じていましたが、この体制に変わったことで理解が深まったと思います。そして、BHEの取り組みとしては、当事者以外への啓発活動にも力をいれており、冊子を作成し配布したり、イベントを開催したり、大学全体で理解を深めることで、当事者によりよい環境を提供していきたいと考えています。
すべての人が元気になれる場所へ
―学部にあたる学群も多様ですよね。そちらとは、どのような連携をされていますか。
坂入:私は長年、体育系を担当しているため、この領域のキャリア支援は熟知しているのですが、正直、他領域はわからないことも多い。文系、理系でも異なりますし、医学などの領域もあります。そのため、それぞれの学群に適したキャリア支援は、教育組織ごとに選任されたキャリア支援担当教員を中心に、入学時から実施。就活ノウハウというよりは、将来をどのように描いていくかに重きを置いています。そこにさらに横串を通して、就職ガイダンスやワークショップ、個別相談など、より具体的なキャリアや就職の情報を提供するのが、私たちBHEのキャリアチームです。
また、同窓会とともにOBOGを招いてのイベントや相談会なども開催しています。そのようなベースに、今回の組織改革によって、先ほどのような就職以外の相談も集まるようになりました。組織の看板が「就職」から、「すべての人を元気にさせる」というだいぶ大きなものに変わりましたからね(笑)。あらゆる相談に対応できる受け皿として機能させていきます。
福嶋:実際に学生に対応していても、「何でも相談してよい場所」と認識してもらえていることを感じます。就職活動以外の話は増えましたね。いままでのように就職活動だけにフォーカスをあてていたら、そうした声はキャッチアップできなかったかもしれません。本当の意味でのキャリア、生き方を話し合える場所になってきたと実感しています。
博士やポスドクへの支援も充実させていく
―就職だけでなく、学生個人に深くアプローチされていることを感じました。今後、さらに取り組んでいきたいテーマはありますか。
坂入:現在も取り組んでいるのですが、博士、ポスドクへの支援は重点項目と認識しています。ともすると研究室という狭い世界にこもってしまいがちだと、一般的にも指摘されていると思います。そこに対して本学では、「PhD×FUTURE.」という若手研究者と企業をつなぐマッチングサイトを用意し、若手研究者のアピールの場として活用してもらっています。また、博士の多様なキャリアパスを知ってもらうため、ロールモデルとなる方を招いてのセミナー開催や、大学の枠を越えて他大学と一緒にキャリアを考える機会も。私自身も卒業生や企業の方とお話ししていて、キャリアとは一方向からつくるものではなく、いろいろな方向から取り組み、成されていくものだと感じています。それを学生たちにも伝えていきたいですね。
福嶋:博士後期課程の学生には、13大学からなる博士人材育成コンソーシアムでの交流も促しております。各大学が催すイベントに参加できるため、本学以外の方々のキャリアも見てほしいですね。また、逆に本学開催のものに他大学の方がいらっしゃることもあります。つくば市内の研究所で研究を進めている他大学の大学院生もいるからです。活発に交流を広げてほしいですね。もちろん、大学院生、学群生にも、多彩なキャリアの可能性をさらに見せていきたい。BHEの他チームからもロールモデルを紹介されるなど、情報共有もしやすくなりました。
坂入:BHEにより、確実に取り組みの幅は広がったと自負しています。しかしながら、すべてがスムーズというわけではありません。とくにマンパワー不足は恒常的な課題です。もしかしたら、他大学のみなさまも直面している問題ではないしょうか。日々、大変な苦労を感じられている方もいらっしゃるかもしれません…。でも、学生も、疲れている大人には相談したくないですよね(笑)。だからこそ、情報共有や協力をして、無理をしすぎず、いきいきと働けるようにしていきたいですね。私たち自身が、エンパワーメントしている姿を学生に見せていきましょう!
Editor’s Comment
就職活動という「点」での支援だけではなく、キャリア形成を含む学生生活全般において、多様な個性(国籍、性別、障がいなど)を尊重し合い、個々の能力が最大限発揮できるようにサポートする、「新しい支援のありかた」だと感じました。「キャリア形成支援は就職についてだけではない」、「学生・教職員のチアリーダー」という言葉と同時に、就職相談に来た学生が他の悩みに気づき解決してもらい笑顔で帰っていった、というエピソードも印象的でした。ヒューマンエンパワーメント推進局の今後にぜひ注目したいと思います。
(マイナビ編集長:高橋)
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